東レ株式会社

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2020年近傍で達成すべき2つのビジョン

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東レ株式会社

「LCM」とは、「LCA(ライフサイクルアセスメント)」の上位概念みたいなものですか。

「LCA(ライフサイクルアセスメント/Life Cycle Assessment)」というのは手法であり、その結果を基にどのように事業展開をしていくか、経営にかかわる部分を含むのが「LCM(ライフサイクルマネジメント/Life Cycle Management)」というわけです。

「LCM」による環境経営とは、あらゆる産業活動・企業活動において、製品・技術・サービスをライフサイクル全体で捉え、LCA視点から環境負荷収支やコストを分析・把握し、その情報を事業戦略・経営戦略の判断基準にする考え方であり、「環境負荷低減」と「持続的成長」を目指す、実現性のある取り組みです。ライフサイクル全体で考えるには、環境負荷を減らすことと、持続的な経済成長を伴わなければ意味がありません。これらの両立を目指すのが、東レの地球環境問題解決における基本姿勢なのです。

東レのLCM環境経営では、次に挙げる2つの環境評価ツールを活用しています。ライフサイクル全体におけるCO2排出量削減効果を評価する「CO2削減貢献度」と、ライフサイクル全体で環境面(環境負荷)と経済面(コスト)の両方を評価する「T-E2A(TORAY-Eco Efficiency Analysis)」の数値指標がそれです。

「CO2削減貢献度」とはどのようなものなのですか。

「CO2削減貢献度」とは簡単にいうと環境貢献指標であり、排出量を「1」としたときに、その何倍のCO2の削減に貢献できるかを指標化したものです。

具体的には原材料の調達から製造、廃棄に至るまでのLCAの視点から既存製品のCO2排出量を算出し、そこから同様に東レのグリーンイノベーション製品(※)を使用した場合のライフサイクルでのCO2排出量を引きます(CO2削減量X)。その一方で、原材料・製造・廃棄段階におけるグリーンイノベーション製品が排出するCO2排出量を算出(CO2排出量Y)。そして、CO2削減量XをCO2排出量Yで割り、CO2削減貢献度Zを算出します。

※従来から展開している「環境配慮型製品」を、より広義な視点から、省エネルギーや新エネルギー、バイオマス由来などの分野で、地球環境に貢献する分野で重要な役割を果たす製品・技術群として見直したもの。

「T-E2A」とはどのようなものなのですか。

「T-E2A」は当社でもかなり力を入れている、複数の製品やプロセスを環境負荷(LCA/ライフサイクルアセスメント)と経済性(LCC/ライフサイクルコスト)の両面から比較評価し、定量化や可視化のできる分析ツール(ソフト)です。

管理画面のスプレッドシートに対象とする製品の使用エネルギーや環境負荷のデータと、製造や使用時などにかかる費用のライフサイクルコストを入力すると、エコ効率マップというポートフォリオ型の分析図が表示されます。エコ効率マップでは縦軸は環境負荷の高低を、横軸では製品のライフサイクルコストなど経済性の高低を表しています。このマップでは、環境負荷が低い製品ほど分析図の上側に、経済的負担の少ない製品ほど右側にプロットされます。

「T-E2A」のエコ効率マップ

要するに、分析図の右上に位置するほど、環境負荷が低くかつ経済面でも優れている、削減貢献度の高い製品(※高エコ効率)と評価されるわけです。

「T-E2A」では、複数の製品・プロセスを比較検討することが可能です。このツールを活用することで、他社の製品と当社の製品について、環境負荷という側面とライフサイクルコストという側面から競争力比較をすることが可能です。また、エコ効率マップの右上の象限に位置するためには環境負荷やコストをどう抑えるかを目標設定するというように、今後の製品の研究開発に役立てることができます。

「T-E2A」をパートナー企業やお客様にも提供することで、製品の企画段階から一体となって開発することが可能になり、コミュニケーションツールとしての利用もできます。

LCAというのは専門的な知識や作業を要するため、2009年9月に当社では「LCA分析実行委員会」という組織を発足しました。各本部内から「事業分野別キーマン」と呼ばれる担当者を選び、私の所属する地球環境事業戦略推進室のメンバーと、環境分析手法のエキスパートである「エコ分析PJ専門チーム」とがタッグを組んで、本部ごとに「LCA分析実行ワーキンググループ」、を設立し、それを「LCA分析実行委員会」として運営しています。

当社の製品でどのようにLCAを実践しているのか、炭素繊維を具体的に例に紹介します。炭素繊維という素材は比重が鉄の4分の1と軽く、比強度は鉄の10倍の強さというように、極めて製品の軽量化に貢献する素材であり、航空機や自動車などに利用されています。自動車ではボンネットフードやリアスポイラー、プロペラシャフトなど、様々な用途に活用されています。

バスやトラックのCNG(※)タンクでは、樹脂のライナー(タンクの本体)に炭素繊維を何重にも巻きつけることで、軽量で高強度のタンクを実現しています。特にバスの場合、低床を実現するためにCNGタンクを車体上部に搭載しているのですが、鉄製のタンクでは重心が高くなるので横転する危険が増えます。そのような意味でも、炭素繊維の利用には重要な意味があります。

※「Compressed Natural Gas」の略称であり、圧縮天然ガスのこと。

また、クリーンエネルギーという面では風力発電の風車のブレードなどにも利用されています。風車のブレードにはグラスファイバー素材(GFRP=Glass Fiber Reinforced Plastics/ガラス繊維強化プラスチックス)を用いていたのですが、大型化していくとブレードの回転時や風力によるたわみによって、支柱にぶつかって破損してしまうという危険がありました。そこで、剛性の高いCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics/炭素繊維強化プラスチックス)を使用することで、50m超の大型でもたわみの少ないブレードを実現しています。

さらに、次世代バッテリーの燃料電池のなかの電極基材にも、炭素繊維を紙状にしたカーボンペーパーが利用されています。

土木や建築の分野では、大型の橋の強化などに活用されています。特に東日本大震災を経験したあと、被害を受けたコンクリートの支柱を補強するために炭素繊維を利用しています。

全日本空輸株式会社(全日空)さんで導入されているボーイング787という最新旅客機では、当社のCFRPが重量ベースで機体の50%も使用されています。機体の主要な構造に炭素繊維を使うことにより、従来機に比べて約20%(60トンから48トン)もの軽量化を実現しました。ライフサイクルにおける効果を原材料から組み立て、使用(運航)、廃棄段階までを計算すると、従来機では1機あたりトータルで395,000トンのCO2を排出していましたが、CFRPを50%適用した機体では原材料・製造段階ではCO2の排出量が若干増えるものの(※1)、トータルでは368,000トンと従来機よりも27,000トンも排出量を削減することができました。(※2)

※1:炭素繊維の製造において、高温で時間をかけて焼成する作業を要するため。

※2:炭素繊維協会モデル

その理由として、実は使用(運航)段階(※10年寿命で計算)におけるCO2排出量に大きな差があるためです。従来機では約390,000トンの排出量ですが、CFRPを50%適用した機体では約364,000トンと、26,000トンもの差が生じているのです。なお、このようにして算出された指標が、先述した「CO2削減貢献度」を活用した事例です。

東レのもうひとつのグリーンイノベーション事業の戦略的製品として、海水を真水に変える水処理膜を挙げることができます。きれいな水に変えるという点だけでも環境にいい製品といえるのですが、CO2排出量の削減という観点からも環境に貢献しています。

海水淡水化技術としては、主に中東の国々で活用されている「蒸発法」というものがあります。これは、海水を蒸発させて塩分を取り除く方法なのですが、大量のエネルギーを消費してしまうという問題がありました。

そこで、東レでは、蒸発に必要な熱エネルギーを不要とする新技術「RO(逆浸透)膜法」に用いるRO膜の開発に注力しています。RO膜法では圧力をかけて水を送らなければならないので、電気エネルギーが必要となります。ただし、LCAの視点からある機能単位造水量あたりのCO2排出量の比較をした場合、「蒸発法」の使用時のCO2排出量は323.5トン-CO2、「RO膜法」では50.5トン-CO2と、273トン-CO2もの差が生じています。なお、「RO」とは「Reverse Osmosis」の略称です。

東レでは、「一般社団法人 日本化学工業協会(日化協)」や「炭素繊維協会」と連携して、化学製品がLCAの観点からCO2排出量の削減にとても貢献することを、社会にアピールしています。市販されてはいませんが、日化協では「日本版LCA事例集」というものを編纂(へんさん)し、CFRP航空機やCFRP自動車など、当社の素材を用いた製品を紹介しています。

今までは、石油や石炭に代表される化石資源ベースの多消費型社会というのが世界的な流れだったわけですが、次第に環境問題が顕在化するようになりました。化石資源の枯渇も予想され、21世紀は歴史的な転換の時期にきています。そこで、私たちは非化石資源や再生可能エネルギーを中心とする、持続的成長型社会へ向かう必要があります。企業としてはLCM環境経営が要求される時代であり、それらを踏まえたのが東レの長期経営ビジョン「AP-Growth TORAY 2020」です。また、中期経営課題として「プロジェクト AP-G 2013」も掲げています。

「AP-Growth TORAY 2020」は2020年まで、「プロジェクト AP-G 2013」は2013年までの経営目標の設定ですが、そこで先述したグリーンイノベーション事業において、2020年までに売上高1兆円、CO2削減貢献度20倍=2億トン以上という目標を定めています。当社で定めた同事業の数値目標達成のロードマップでは、CO2排出量削減貢献の確実な実行においては、炭素繊維の風力発電用途とRO膜の海水淡水化用途が重要だと考えられています。

2010年のグリーンイノベーション事業の売上高は3,780億円であり、あと10年で1兆円にするという高い目標を掲げています。そこで、当社ではグリーンイノベーションを牽引する成長エンジンとして、「A&Aセンター(Automotive & Aircraft Center)」と「E&Eセンター(Environment & Energy Center)」という2つの総合技術開発拠点を設置しています。

「A&Aセンター」では自動車と航空機関連の技術開発、「E&Eセンター」では環境とエネルギー関連の技術開発が行われています。両センターの領域は重なる部分が多いので、それらの共通分野では連携して技術開発を行っています。「E&Eセンター」と戦略や企画面で連携を図る組織が地球環境事業戦略推進室で、対する「A&Aセンター」と連携を図る組織が自動車材料戦略推進室です。地球環境事業戦略推進室と同様、自動車材料戦略推進室も社長直轄組織となります。

グリーンイノベーション製品として、外板やシャシなどの自動車用部品、バックシートなどの太陽電池の構成部材、太陽電池製造装置向け技術、セパレータ(※)を中心とするリチウムイオン電池の部材、自動車や定置用の燃料電池の部材、次世代電線網向けの炭素繊維コア電線、ポリ乳酸(PLA)を中心とするバイオマス材料などを挙げることができます。

※正極と負極を隔離させる部材であり、電解液を保持して正極と負極の間のイオン電導性を確保する。エクソンモービル・ジャパングループの一員である、東燃ゼネラル石油株式会社との共同出資により設立された東レ東燃機能膜合同会社が主に製造。

さらには、グリーンイノベーション事業の拡大戦略として、スマートハウスやスマートコミュニティに貢献する素材や技術の開発にも携わっていきます。


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