ハチがある日こつ然と姿を消す
ここ数年で、世界的にハチが大量に失踪しているという奇妙な現象が起こっている。ここでいうハチとは「ミツバチ(セイヨウミツバチ)」のことだ。日本在来種のニホンミツバチには影響が出ていない。養蜂場で飼っているハチが短期間に大量にいなくなる現象を、「蜂群崩壊症候群(CCD=Colony Collapse Disorder)」と呼ぶらしい。難しい漢字が並ぶ名称だ。
映画ファンであれば、冒頭で「蜂群崩壊症候群」に触れている「ハプニング」を思い浮かべるかもしれない(「HACHI」のほうではない)。
この「蜂群崩壊症候群」だが、すでに2006年ころから米国では問題視されていた。2007年にはヨーロッパにも拡大。約50%~90%のミツバチが短期間に減少するのだが、奇妙なことにその死骸が巣内やその近辺では発見されず、こつ然と姿を消すのだという。成蜂(いわゆる働きバチ)がコロニーからいなくなるのだが、女王バチや孵化前の卵、ミツバチの幼虫は巣内に残されたままだ。女王バチは巣内に残っているというのがポイントだ。通常であれば、働きバチは卵が孵化するまで巣を放棄することは考えられない。
蜂群崩壊症候群により、養蜂場は大打撃を受けることとなる。当然ではあるが、はちみつやロイヤルゼリーの価格がぐっと上がる、もしくは手に入らなくなってしまうことも考えられる。さらには、ミツバチがいなくなることによって、ほかの作物にも影響が出てくる。リンゴやアーモンドなど世界の農産物の3分の1は、養蜂家が育てているミツバチに授粉を頼っているのだという。
作物の受粉にミツバチを活用しているというのは、日本でも同様だ。イチゴ・メロン・スイカ・サクランボといった果物や野菜など(※サクランボ以外については、果物かどうかの論争はあるが……ここでは触れないでおく)は、花粉の交配にミツバチを利用しているのだ。これらの作物を食べることができなくなる恐れもあるわけだ。
蜂群崩壊症候群に関する研究は進んでおり、原因として様々な説が唱えられている。
ウイルス説
「IAPV(イスラエル急性麻痺ウイルス)」が、オーストラリアから輸入されるミツバチの生体や、中国から輸入されるロイヤルゼリーに混入して運び込まれたことを理由とする。このウイルスに感染するとミツバチは羽が震える病気にかかり、巣を出たところで全身が麻痺して死んでしまう。ちなみに、養蜂場からこのウイルスが検出された場合、96.1%という高い確率で蜂群崩壊症候群の発生を予測することは可能だという。
ダニ説(バロア病説)
ミツバチヘギイタダニ(バロアダニ=Varroa Mite)と呼ばれるダニの一種が寄生することで、ミツバチの免疫システムが弱くなってしまうからだとする。IAPVの存在は確認されていても、寄生虫は確認されていないオーストラリアでは、「蜂群崩壊症候群」の大規模な発生がないことを根拠とする。
寄生虫説(ノゼマ病説)
ミツバチノゼマ原虫がミツバチの腸内で増殖して腹部が膨れ上がることで、飛翔不能状態となる、タマゴの孵化率が低下する、寿命が短くなるといった症状が発生するからだとする。病気にかかったハチは糞に原虫を排出するため、巣内での感染が拡大する。
特殊なストレス説
ミツバチが、同じ農作物の受粉を強いられる過重労働などにストレスを感じ、抵抗力が弱まったためとする。働きづめで、嫌になって一斉にストライキでも……というのはあながち間違いではないのかも。
これらのほかにも電磁波や農薬による影響だとするなど、いろいろな理由が考えられており、さらには複合的な要因によるものという説も唱えられている。しかし、いずれの説も結局のところ蜂群崩壊症候群の解明にはつながっていないため、原因は現在でも不明というわけである。
このような問題に対し、ただ黙って見ているわけではない。花粉交配用ミツバチがいなくなれば、作物の受粉をミツバチに頼ってきた園芸農家は大打撃を受け、農作物が高騰することになる。
農林水産省では、園芸農家の支援のため、2009年4月に「花粉交配用ミツバチの需給調整システム」を構築している。このシステムは、農林水産省と各都道府県が協力し、園芸農家と養蜂農家の間で花粉交配用ミツバチの需給調整を行い、園芸農家の支援を行うというものだ。基本的には都道府県が仲介役なのだが、県域を越える場合には農林水産省が仲介役となる。
また、ミツバチ不足のため人工受粉などで対応するとなれば、コストがかかってしまう。そこで、ミツバチ不足で経営が悪化した園芸農家に対し、低金利で融資を受けることができる日本政策金融公庫の「農林水産業セーフティネット資金」というものを設けている。
ほかにも、アルゼンチンから女王バチを輸入することも検討されている。しかし、日本の生態系に影響はないか、感染症の問題はないかなど、検討すべき課題は多い。
このミツバチの大量失踪が、もっと大きなことの前兆でなければいいのだが。
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